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【wlw文芸部】目が覚める白い花

by
Fall_Lettuce
Fall_Lettuce
 物心がついたときには、もう一人ぼっちだった。
 広いはずの城内。灯りはない。真っ暗闇で、何も見えない。
 何も見えない。右手を伸ばす。右に振ると虚空が通り過ぎる。
 左に振ると……なにかに触れた。

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“朝だぞ。起きなさい”

 ああ、朝なのね。おはよう、兄さん。
 
 実際にその声が聞こえたわけではない。でもなんとなく、そう言われたような気がした。暗い朝。何も視えない。私を私と認識してから、一度も光を見たことがない。盲目なのだからしょうがないとは思いつつ、大きくあくびをする。ふぁ、と暖かくなり始めた空気を思いっきり吸い込む。名も色さえも知らぬ花の香がした、気がした。

「……兄さん。どこにいるの?」

 そういえば珍しく、兄さんが近くにいない。兄さんとは誰か。兄さんは兄さん。どのような姿なのか見ることはできないけれど、素敵な兄さん。骸骨を人に見立て、私を闇の霧から守ってくれる大好きな兄さん。それが、どこにもいない。柔らかな白い寝台の上に私一人。朝、なのだから明るいはずだけれど、盲目だから暗闇の中、一人きり。さっき語りかけてくれたのに。

“心配しなくて良い。一人で支度はできるね?”

 優しげな兄さんの言葉。私にとって、私以外の唯一の存在。

「ええ、できるわ、兄さん」

 恐る恐る立ち上がる。暗闇の中、もぞもぞと布をかき分け、端まで這い寄り、ゆっくりと足を伸ばす。もしこの先に床がなければ私はどこまで落ちていくのだろうか。この暗闇の底にはなにがあるのだろうか。兄さんと落ちることができるのならば、なにも怖くはない。
 その願いは虚しく伸ばした足の先には冷たく硬い床があり、確かな感触を感じさせてくれる。右頬に触れる暖かな、なにか。もう春なのだと、寝ぼけた頭で考えていた。

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 柔らかな白い寝間着からいつもの服へ。この服は兄さんが持っていた。不思議と成長した私にぴったりで、けれども着心地は決して良くはない。何かに縛られている感触。私は何も縛られるものはないというのに。

“準備はできたかい?”

 兄さんの言葉。

「ええ、できたわ。それで今日は何をするの? 兄さん」

 返事をして、立ちぼうけ。窓が開いているのだろうか、暖かくなり始めたばかりの、でもまだまだ冷たい風が頬を撫でる。なんの音もない。誰の声もしない。私は一人ぼっちなのだから。

「……兄さん?」

 声が聞こえない。何も聞こえない。兄さん、どこで何をしているの?

「……兄、さ……」

 その声をかき消すように、ガラスの割れる音がした。どうやら、下の階のようだった。

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「………か……、えの…………に、ちが………」

 男の声。粗雑で、兄さんとは全く違う、現実の声。また、誰かがこの城に侵入したのだろう。私と兄さんだけの、この茨のお城に。足音は複数人分。詳しく何人かなのか、遠すぎてまだわからない。兄さんはどこにいるのだろう。この部屋までやってくるのだろうか。

「……闇の気配……」

 夢の闇は霧となり人に取り付き、人は闇に堕ちる。闇に堕ちた人は凶暴になり、人を襲い、闇へと連れ込む。茨の国はその闇といつも戦ってきた、と聞いている。そして私も、もう何回か闇と戦ったことがある。でもそれは夢でのお話。こうやって霧にとりつかれた人と戦うことはできない。兄さんが守ってくれるはず、だった。

「兄さん、どこにいるの?」

 虚空に語りかける。返事はない。どうやら近くにはいないようだった。だとするならば隠れなければ。いくら夢の中で闇と戦うことができても、それは夢ならばのお話。こうやって実際に襲われたならば、きっとひとたまりもない。

「……兄さん……信じているわ」

 なぜ兄さんは私の近くにいないのか。兄さんはいつも私を守ってくれる。闇の霧や人は兄さんがいつも打ち払ってくれる。だから今回も、きっと。隠れる場所はいくらでもある。例えば寝台の下。もしくは洋服入れの中。カーテンの裏でも良い。でもそのどれも見つかる気がした。きっと闇は、今でさえも私を見ているのだろうから。
 足音が二人分。扉の前で立ち止まる。けっきょく隠れることはやめて、寝台の上に座り込み、兄さんを待つことにした。きっと来てくれる。そう信じている。足音は大きくなる。この階まで上がってきたようだった。何かを話している。会話をしている? 私を、探して?

「……兄さん……」

 鼓動が早くなる。もしもこのまま兄さんが来てくれなければ、私はどうなってしまうだろうか。闇の霧に侵された人と真っ向から立ち向かうだけのチカラは、私にはない。せめて夢の中ならば。闇に負けはしないのに。

「…………もう、そばまで……」

 足音がやってくる。他の部屋の扉が開かれた音はしない。まっすぐ、きっと三人分の足音が、迷いさえもなく。やはり闇はいつもどこからか私を見ているのだろう。逃げ切れるものではないのだ。ああ、兄さん。早く。

 扉が音を立てて、勢いよく開かれた。

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 白い波が押し寄せる。幾重にも複雑に絡み合い、陽光さえも通さぬように、棘だらけの巨体が、化け物の如く暴れ蠢く。石壁を削り、扉を傷つけ、轟音を立てて、二人の男を軽く押し流す。

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「兄さん!」

 その声に返事はない。けれども確かに、これは兄さんの匂いに違いない。キラキラしていて、とても素敵な匂い。轟音はすぐ目の前を通り過ぎていった。これで安心できる。ひとまずこの場は兄さんに任せても大丈夫だろう。ならば私は私でしなければならないことがある。闇の霧は、夢の中でも退治できるのだから。

「兄さん! そのまま! 花を咲かせるわ!」

 そのためにはまず眠らさなければ。場所は兄さんが教えてくれる。私はその場所に意識を集中させるだけだった。

「そのまま暗闇で、落ち着いているといい!」

 兄さんは三人の男を、この先にある行き止まりの壁に押し付けているようだった。ならばその場に大きな花を咲かせる。これは百年の眠り。夢に誘う大輪。兄さんは確かに役割を果たしてくれた。次は私の番だ。夢の中ならば、もう負けることはない。

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 廊下に咲いた白い花。花弁の一枚だけで男よりも大きく、“おしべ”の一本だけで男の腕ほどはある。その巨体ですっぽりと廊下を包み込んでいた。薄汚れた赤絨毯に、雪のような花粉が舞い散る。
 茨により石壁に押し込まれ、拘束されている男たちは暴れ、それぞれ手に持っている剣や斧で茨を叩き切る。人の胴体ほどはある白い茨ではあるが、闇の霧に意識を支配された尋常ならぬ男の膂力は、軽く切り裂いた。
 しかし、拘束を外したとしても逃げるには間に合わない。行き止まりであること。逃げ道を封じるように花が咲いたこと。そして何より、その花が思った以上に早く弾けたこと。そしてその花粉から漏れる眠りは、何者でさえも抗うことはできない。
 かくして二人の男は瓦礫の上に突っ伏し、眠ってしまう。白い茨は動きを緩め、眠った男たちの手から離れた剣や斧を取り上げ、使い物にならないように柄をへし折ってしまった。


 ----- 以下雑記 -----


コロナで仕事ができなくて暇だなー → なーんか適当に書くかー → そういやエピーヌ物語を妄想してたんだっけー
→ wlw文芸部とかあったなー ← イマココ

あっ
http://slib.net/83304#chapter4
でも公開しておりますのでよろしければどーぞ

にしてもカテゴリはどないしよ。「イラスト・アート」が近しい気がするが違う気がするんだよなー
とりあえずはナシでいきますか
更新日時:2020/04/28 02:11
(作成日時:2020/04/28 02:09)
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