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ジュゼは”いつ”のジュゼなのか・・・

by
U.N.Owen
文筆
文筆
U.N.Owen
 ども、U.N.Owenです。
 先日四人称号の「不思議の国の問題児」をやっと獲得し、一瞬ジュゼのCRがEX3に至り、直後にEX2に降格して、知り合いにまで「立ち回りが下手」的なことを言われてガチ凹みした結果、数日入国どころかツイッターに顔出すことすらままならない状態になってました。正直まだ立ち直れてない。

 いやー…端的に言ってしまえば自惚れたところに見事にクリーンヒットした感じ。それで色々と自問自答しつつ、アドバイスもらうためにリプレイ載せた投稿でもしようかなぁ…とか思ってたんだけど…
 ふと、僕はジュゼの何に憧れてるんだろう、って自問したときに、そういえばジュゼは一体どんな心理状態なんだろう、というところの考察に飛んだのが今回の投稿のいきさつ。アドバイスもらう投稿はまたのちのち上げようと思う。


 ということで、考察始める前に一つ注意。この投稿はジュゼの出典である、カルロ・コッローディ著「ピノッキオの冒険」と、ワンダーの設定資料集「Wonderland Wars Library Records Cheer」のネタバレを多分に含むと思う。それを承知の上で読んでほしい。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーこの先しばらく空白。ネタバレされたくない人はここで戻って。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


















ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーここから考察開始。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 まず、「ピノッキオの冒険」を超簡潔に言い表すなら、「ピノッキオがいたずら好きのガキから、分別ある大人になる物語」だ。その表れとして、物語の最後でピノッキオは人間の青年の体を手に入れ、元自分であった人形を見て「醜い」と形容するところで話が終わる。いたずらをし、わがままばかり言い、仕事や学業をさぼり、約束を破り、人に迷惑ばかりかけ、恩返しや気遣いということを知らない、人形のピノッキオが、自分にとって大切なものが何かを認識し、まじめに生きて、大切な人との豊かな暮らしを志すことが人間になる条件だった。

 ではジュゼはどうか。
 まず人間ではなく人形で有ることから、「人間になる条件」を満たしていないのは確実。では、ジュゼは条件のどれに反しているんだろうか。

 まず、大切なものを認識しているかどうか。これについてはクリアしているだろう。公式プロフィールに乗っている彼女の好きなもの、の欄には「はか…おしえなーい!」とある。これは明らかに「はかせ」。つまり、彼女を作ったゼペット博士に間違いない。彼女のLv6専用アシスト「親切心の練習帳」は、原作においてはゼペットじいさんがピノッキオが勉強するために、となけなしの金で買い与えた「アルファベットの練習帳」である。それに設定資料集のジュゼのデザインラフを確認するとわかるのだが、Lv4専用アシスト「嘘つき人形のゴーグル」は実はゼペット博士が溶接などに使っていたゴーグルであると書かれている。このことから、ジュゼがゼペット博士の形見を大事にしていることは伝わるのではないだろうか。ゆえに彼女が自分にとって大切な人を認識しているというのは間違いないだろう。

 次に、まじめに生きているのかどうか。これについては何とも言い難い。ここでいうまじめに生きる、とは仕事をこなし稼ぎを得ることを言う。キャストである彼女が闇との抗争のために神筆使いの育成に力を貸していることを考えると、まじめに生きている、というのはクリアしていると捉えて良いかもしれない。

 最後に、大切な人と豊かな暮らしを志しているのかどうか。これも設定資料集から分かることだが、もともとのジュゼを生み出した物語の中で、ジュゼは博士を殺害している。その後、火猿理の玉手箱の力で物語の修正を図るが、そのやり直しの中でジュゼは良心を持ったキャストになるものの、闇に支配され洗脳されたゼペット博士を使ったヴィランの策略によって、ジュゼもまた闇に飲まれてしまう。これが後々、修練場でのヴィラン「ジュゼ」との闘いへとつながる訳だ。
 資料集を確認する限りでは、修正後の物語ではゼペット博士は生存しているものの洗脳されている。この状態で彼との豊かな暮らしを志しているか、と言われると、ジュゼが神筆使い達の協力によって闇の洗脳から抜け出したことを踏まえれば十分考えられることである。なので、ここではひとまずクリアしていると仮定してみよう。

 ではなぜ、ジュゼは人形のままなのか。
 ここでまず、ジュゼの二つ名を思い出してほしい。それは「糸の切れた操り人形」である。
 そしてもう一つ。ジュゼの別カラーバージョンの栞のフレーバーテキストの「人間よりも自由自在」や、マッチング待機画面での「その他」に表示されるジュゼの言葉「人間なんて不自由なもの」など、ところどころで暗示されているように、ジュゼが切った「糸」は人間にとっての「不自由さ」の象徴であることは想像に難くないだろう。そしてそれを簡潔に換言してしまうなら「社会のしがらみ」ということになりはしないだろうか。

 これは飽くまで僕の人生論だ。他の考えもあるだろう。それでもあえて言うなれば、「子ども」は「社会のしがらみ」を知り、受け入れて、うまい付き合い方を身に着けることで「大人」になるものではなかろうか。しがらみに翻弄され、抗おうとする者に「青いな」などという言葉を投げかけるシーンを思い起こせば、納得していただけるのではなかろうか。
 思えば「ピノッキオの冒険」においても、ピノッキオは様々なしがらみに翻弄されていく。貧困や、いじめ、理不尽や、詐欺、搾取。そういったものを経験して、大切なものと、自分のあるべき姿を認識する。

 これを踏まえて、あらためてジュゼの二つ名「糸の切れた操り人形」を思い浮かべてみる。ここで重要なのは「糸の切れた」と表現されていることだ。簡潔に言えば「糸」が「無い」訳ではないのである。もし「糸の無い操り人形」であれば、人間の不自由さ、社会のしがらみを一切知らないことになるだろう。しかし。ジュゼは「糸の切れた操り人形」である。「糸」そのものはある。それどころか武器として使ってすらいる。それはつまり「しがらみを知ってはいるが捕らわれず、むしろ真正面から切り裂き、利用する存在」であることを示してはいないだろうか。したがってこの点、「しがらみと上手く付き合う」のを拒んでいる点でジュゼは大人になれず、人形のままでいる。言うなれば、物語の最後の最後。人形のピノッキオより、周囲の大人のほうが「醜い」と言ってしまうような、そんな存在が彼女なのではないだろうか。善悪、身分、栄誉、汚名。そういった社会が決めるものなんて何の価値も無い、と切って捨てる存在。だから切り裂く。人形のままに。


 と、いうのが僕の見解。けれど、今の彼女には火猿理とオトから学んだ良心がある。だからしがらみから自由であることは望むけど、他者に対する最低限の礼儀は弁えている、そんな状態なんじゃないかな、と思う。多分、善悪以前に他者と関わるうえで必要なこと、程度の認識な気がするけど。あるいは、彼女なりの尊敬とか、そういったものの表れとして礼儀が出てくるのかもしれない。ま、そこまではさすがに分からん。

 それより、設定資料集見返してたら、ジュゼの物語の修正後ってゼペット博士死んだのかどうか、それと元の物語でジュゼが博士を殺したことを覚えてるのかどうかも分かんないんだよね…何となく覚えてないっぽい記述をされてるけど、それだと玉手箱の力で樫木まで戻されたジュゼに良心が芽生えていることに説明がつかない気がするし、「運命は変えられる」っていうジュゼの認識から考えて博士を殺した記憶を持ったままやり直しを迎えているような気もするんだよね…
 そこが正直もやもやする…設定資料集で裏設定が見えるのは良いんだけど、逆に謎が深まるのどうにかしてほしいぜよ…

 とまぁ、今日はこの辺にしておこう。ジュゼ狂いによる出典と設定資料を基にしたジュゼ考察でした。
 それでは皆さんまたいつか。 ~Have a good Wonder-Life !~
更新日時:2022/10/21 12:08
(作成日時:2022/10/21 10:39)
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