1988

【WLW文芸部】夏と雪女とマッチ売り

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ll6J(Lが2個です)
ll6J(Lが2個です)
7月上旬にささっと勢いで書いてうpろうと思ったら
色々あってこんな時期になりました。めっちゃ季節外れです。

凍てついた街が嫌いなミクサと、冬山から降りてきた雪女こと深雪乃の話。


pixivではそこそこボリュームあるお話や[未成年はダメよ]系のやつ投稿してます。
【WLW】ボール・ドレス・アップ【桃サン(闇サン)】
↑過去の作品で特に評判いいやつ宣伝させていって(はぁと)
1万文字オーバーなのでお時間あるときにでも。





【イブンカこみゅにけーしょん】


「あっづぅい……湿気ってるわね」

 日ノ本出身の『雪女』こと深雪乃、夏の暑さにだらだらと雪解け水を流していた。
 本当に儚くなりそうなときは冷房の効いた部屋に逃げ込むが、それではどこにも出られない。昼間の散歩で体表が数ミリ融けるのは諦めている。

「ってちょっと! お医者様神様旦那様ー!? ミクサちゃんが倒れてるってー!」

 北国の厚ぼったい衣装で布の塊みたいになった熱中症患者を見つけたのは、夏に散歩する雪女であった。


   *


「……ごめんなさい」
「ほらほら謝らないの、大事にならなかったんならそれでバッチグーだから! ほらバッチグー!」
「……ばっちぐー?」

 発見が早かったのが幸いし、よく分からないギャグに相槌を打てるくらいには回復できた。ついでに日ノ本での夏のお供、ソーメンを一緒にすする。

 食事をしつつ深雪乃はミクサの出で立ちを改めて観察する。
 ボリュームのある髪の毛はたっぷりとした三つ編み、北国で冷気から守ってくれていた羊毛のケープ、レンガでできた暖炉をイメージさせる配色。

 暑苦しい。自分のことを差し置いて思った。

「こうしちゃいられないわ! ソーメンが済んだらイメチェンよ!!」
「?」

 思い立ったが吉日、食事が済めば迅速に後片付け。花嫁たるもの、旦那様の胃袋を掴む味だけでなく後始末も完璧に。
 衣装ケースをひっくり返して子供用のあれそれを引っ張りだす。

 あれよあれよと為されるままお着替えの済んだミクサの姿はまるで日本の子供のようであった。

 お気に入りの星型の髪飾りはそのままに、それが活きるよう夏の夜空をイメージした花火模様の浴衣。深雪乃が苦心して櫛を通して整えた髪の毛はひとまとめにして重たい感じを解消してある。いつも痛々しい裸足のところ、小気味よくカランコロンと鳴る履物。風通しのいい素材のおかげで体感温度はかなり改善されている。

「よし、できたできたっ! これね、日ノ本の浴衣って衣装だけど、湿気た夏には一番いいんだから!」
「……すずしい」

 暑さで倒れ連れて行かれごはんを振る舞ってもらい着替えて、ずっと振り回されっぱなしのミクサであったがようやく一息ついた。
 最後に鏡の前に立たされ、雪女から解放される。映った自分は深雪乃の妹みたいで照れくさかった。

「あ、ありがとう……」

 感情表現が苦手で、胸に込み上げてくる温かい気持ちを五文字の言葉で発音するのでいっぱいいっぱいで、それでもお姉さんみたいな深雪乃は優しく微笑んでくれる。

「暖炉の熱さとは全然違うからねー。雨が続いたりで気が滅入っちゃうし。でもなっちゃうものは仕方ないから、こうやって涼しい浴衣着て、夜にはワタガシを片手にハナビをみんなで見上げて夜の華を楽しむのよー」
「……」

 そうだマメールに頼んで花火大会とかいいじゃん、そんな独り言も挟みつつ流暢に自分の国の文化を紹介する深雪乃。ミクサには馴染みのない単語も多いのに、もやもやぐちゃぐちゃしたイメージしか頭に浮かばないのに、わくわくさせられる。もしもハナビタイカイが実現したら、鏡の中の自分はワタガシを持たせてもらってハナビを観られるらしい。

「……ぁ……」

 自分の国を誇らしく語る彼女のまねをして、何か言えないかがんばろうとする。なのに何も、喉に引っかかって出てこない。



   *



 ミクサは自分の育ったあの街が嫌いだ。
 あの雪に閉ざされた世界にいたうちは、ミクサにとっての『世界』はそこしなかなかった。おばあちゃんとの思い出と、言い聞かせられてきた火を継ぐ魔女としての使命で、歩いてこれた。
 今は寒くない場所を知ってしまっている。裸足で歩いてもごつごつした石畳で傷つかないで済む。「おはよう」と言えば「おはよう」と返ってくる。

 寒さに震えながらヴィランを退けた戦記は、不幸な少女が人生の幕を閉じる童話として現代へ伝わっている。
 ほんとうの物語と現代の童話は別物であるが、事実の部分がなければ脚色も起こらないものだ。



   *



「どうしたの? この柄はやっぱり気に入らなかった?」

 急に押し黙ってしまったミクサを深雪乃が覗きこむ。

「……あのね……」

 胸にうずまいている思いをひとつひとつ言葉に変えていく。
 それはとてもとても、地の文で表現するにもまどろっこしいたどたどしさであったが、深雪乃は待ってくれていた。

 多大な労力をかけて伝え終えて、深雪乃はまずミクサを抱きしめてくれた。白磁の肌はひんやりとしていた。

「ぎゅうって、とてもあったかいでしょ? ミクサちゃんのお祖母様には勝てないかもしれないけど。でももし私が別のひとにこうして抱いてもらっても、その感じるあたたかさはミクサちゃんの感じているそれとは違うのよ」

「私は『雪女』だから、寒いといっても『そういうもの』として当たり前のもので、まったく苦でない。ミクサちゃんが感じてきた、終わらない絶望の寒さとは全然違ったの。だから思いを共有することはできない」

「ムリに好きになる必要はないわ。でも、寒いからこそ知った、お祖母様の優しさ、暖炉のありがたさ、そういうものを大事にしたら……いいんじゃないかな!」

 照れくさくなったのか頬をぽりぽりとしつつ深雪乃はそう締めくくった。
 深雪乃も鏡に向き合う。雪の華をモチーフとしたかんざしを付け替え、ミクサと合わせた星飾りにしていた。薄めの唇に朱を引いている。ミクサの視線に気づくと「お化粧はもうちょっと大人になってからね?」とウインク。

 マメール女史に手配してハナビも取り寄せる。設置型、手持ち型、色んなタイプがあるらしい。火を点せば閃光を放つというのでわくわくする。マッチでやると危ないそうなので、ロウソクも用意してくるよう頼まれた。カゴいっぱいに詰め込んだらちょっと笑われたけど、今日だけでなく何回もやればいいね、と言ってくれた。


 窓の外では日が沈みつつある。夜というと冷たいからミクサは夜が嫌いだ。でも浴衣を着せてもらって迎える夜は、ちょっとだけ楽しみになった。




画像引用元:https://www.photo-ac.com/main/detail/1811081?title=%E7%B7%9A%E9%A6%99%E8%8A%B1%E7%81%AB                      
作成日時:2019/09/21 19:47
カテゴリ
雑談
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